今更「ビリギャル」を観て考えたこと。
ビリギャルを今更観た@渋谷HUMAXシネマ。
5月公開の映画を月曜昼から渋谷のど真ん中で観るなんて世捨て人しかいないだろうと思ったら若い子も含めて20人くらいは入っていてびっくり。
そういえば夏休みか、と気付いたのは上映後。
ということで最初は冗談半分で見に行ったのも否めないのだが、これが実はなかなか考えさせられることになった。
正直なところ、ギャルが慶應大学に入りました!つっても「地頭のある人が目標を持って勉強して普通に合格した話」なので映画としての真新しさとかない。
超シンプルだよ。
そして、所謂進学校的なところ通ってた人ならよく分かると思うけど、不良気取った人とかが普通に東京大学行っちゃったりするからね。*1
成績的に下から数えた方が早かったヤツが高3の夏過ぎくらいから本気出してあっさり早慶合格しちゃったりだとかいうのも全然ある話だし映画にしなくてもいくらでもそんな例見てるよ!って話なのは否めない。
スポーツとか芸能とかに比べたら全然短期間で巻き返せるジャンルだしやる気さえあればどうにかなる。*2
まあやる気を出すっていうのがなかなか難しいわけだが。*3
それを知ってか知らずかこの映画自体は勉強のハウツーというよりは「まっすぐに受け止めること」をさまざまな軸から受け止めるドラマにシフトしている。*4
母親と娘、父親と娘、父親と息子、先生と生徒、親友。。
学生という立場に否が応でも絡んでくる関係性を、「慶應大学合格」という夢を持った少女を軸に描いていく話である。
なんで少女って書いたかっていうと、そもそも有村架純演じるさやかは言うほど「ギャル」じゃないんだよね。
どっちかというと天然少女というか。
グレてるわけじゃないし、金髪も最初に「夏休みの間だけ」とか言っちゃう始末。*5
エエ子やん!*6
そのエエ子が愛情を注いでくれる母親に支えてもらいながら、不器用な父親に反抗し、自分をくず扱いする学校の先生に逆いつつ、味方になってくれる塾講師を慕うというのがこの映画の7割くらい占めてるからね。
そのすべてを「まっすぐに受け止める」描写の数々とともに描いていくのが爽快で結構楽しいんだよねこれが。
正直映画というより連ドラ向きなんじゃないかとは思うけども。
そしてこの映画は「まっすぐに受け止めること」と「まっすぐ押し通すこと」は全くの別だというのもしっかり見せてくれる。
各所でまっすぐ受け止めたうえで自分の気持ち/意見を表現するっていうシーンが結構出てくる。
うまくいかないからって押し通すんじゃなくて、まるでスライムのように変幻自在になって通り抜けていく姿勢が実は重要だって言わんばかりに。
ビリギャルって映画は、「まっすぐ押し通すこと」を否定しつつ、「まっすぐ受け止めて、しっかり通り抜けること」を僕たちに伝えている気がしてならない。
それもそれでなかなか難しいのは百も承知だけど。